本居宣長関連エントリー

本居宣長の思い出

... 採り上げられている十人の文章家の中の「本居宣長」の項を読んでいて、遠い、遠い昔の出来事を思い出しました。 ... (多分) 2年生から<本居宣長>が出るなんて想像を超えるできごとだったはずですから。 ...

本居宣長の思い出

本居宣長『うひ山ぶみ』まとめ-フルフミのオボエガキ

... 私事コンテンツ「古典覚書」に本居宣長『うひ山ぶみ』のまとめなんぞアップしました。 同書についてはすでに『日本思想大系』本で何度か読んだこともあるんですが、去年(平成20年)のすえに購入しました筑摩書房版『本居宣長全集(1)』、それ収載の『答門 ...

本居宣長『うひ山ぶみ』まとめ-フルフミのオボエガキ

本居宣長先生修学之地・松本宗悟邸跡・与謝蕪村宅跡

... ここは国学者・文献学者・医師だった本居宣長さんが、若いときに5年間、勉強をしたところだそうですよ ここに儒学・漢文学の堀景山、医学の武川幸順の塾があったそうです さてこちらは、 本居宣長の石碑 から室町通を下ったところ 松本宗悟邸跡 ...

本居宣長先生修学之地・松本宗悟邸跡・与謝蕪村宅跡

[langsam]langsam: 感想:小林秀雄著「本居宣長」

langsam: 感想:小林秀雄著「本居宣長」 久々に書いてみた。休み前に読んだ本だからか、かなり適当だな。

[langsam]langsam: 感想:小林秀雄著「本居宣長」

本居宣長の神(迦微)概念(その1)

2005-03-26宣長の神(君が代6) ■本居宣長の神(迦微)概念(その1)本居宣長の二つの神概念について書きます。まず一つは、なんでもありの神 です。「天地初発の時、高天原に成れる神の名は、天之御中主神。」というのが古事記の冒頭です。 ...

本居宣長の神(迦微)概念(その1)

本居宣長とは?

本居 宣長(もとおり のりなが、1730年6月21日(享保15年5月7日 (旧暦) 5月7日) - 1801年11月5日(享和元年9月29日 (旧暦) 9月29日))は、江戸時代日本の国学者・文献学者・医師である。名は栄貞。
伊勢国松坂(現在の三重県松阪市)の出身。幼名は富之助。通称は瞬庵、春庵(しゅんあん)、松阪の商家である小津家の次男として生まれる(この小津家は、映画監督小津安二郎の家系である)。兄が死んだ後、その小津家を継ぐ。そして、22歳になったとき、医学の修行のため京都へ遊学した。京では朱子学者の堀景山に師事し、寄宿して漢学や国学などを学んだ。この頃から日本固有の古典学に身を入れるようになり、荻生徂徠や契沖に影響を受け、国学の道に入ることを志す。その京都での生活に感化され、王朝文化の憧れを強めていく。

本居宣長の詳細

本居宣長に関するニュース


企画展:宣長が描いた自画像など137点--本居宣長記念館 /三重
毎日新聞
松阪市出身の江戸時代の国学者、本居宣長が描いた自画像や日本地図などを展示する企画展「宣長が描く・宣長を描く」が松阪市殿町の本居宣長記念館で開かれており、国重要文化財35種、初出品7種を含む80種137点を展示している。 同記念館の千枝大志研究員による ...


上田秋成展:画家との交流に焦点 伊藤若冲ら優品一堂に--京都国立博物館 /京都
毎日新聞
国学への興味も深め、国学者の本居宣長と激論したこともあったという。 60歳で京都へ転居。晩年の随筆「胆大小心録」では、交流のあった歌人や学者、絵師を批評している。 同展では、秋成と画家の交流に焦点をあて、随筆に登場する池大雅(いけのたいが)、与謝蕪村(よ ...